Home / ファンタジー / 月光聖女~月の乙女は半身を求める~ / わが身は地を往き、心は月を想う 2

Share

わが身は地を往き、心は月を想う 2

Author: 46(shiro)
last update Last Updated: 2025-11-22 06:00:48

 到底言葉として形容しがたい、永遠とも刹那とも思える時間・不可思議な感覚にすべてを飲みこまれ、価値観も生き様も、この世に誕生した瞬間から自分を盲縛してきたしがらみごとこの世の何もかも一切が消失し、世界が彼女と自分だけのように感じられたそのとき。たしかに自分は見たのだ。

 あれは目の錯覚でも、はたまた見間違いでもなかったと、今も信じている。

 彼女の身を包んでいた金の輝きが徐々に彼女の体から離れていき、宙で球体になったと思った瞬間にはもう、それは自分めがけて飛来してきていた。

 たとえ気の半ばを奪われていなくとも、躱わす暇などなかった。矢よりも早くまっすぐ飛んできたそれが目の前で弾け散った刹那、その、世界を覆わんばかりのまばゆい光に身構え、反射的、顔面を庇って出していた腕の下で目を強く閉じあわせる。だがいくら待っても何の衝撃も襲ってこず、周囲に異変も生じなかった。思うに、逃げるために咄嗟に放った幻だったのだろう。光に気を奪われていたわずかな間に、彼女の姿は跡形もなくその場から消え失せていた。よほどあわてていたのだろう、飾り帯を岩の上にとり残して。

 見たこともない織り方をされた、薄絹。表にほどこされた刺繍飾り一つとっても、人の手が加わったことを感じさせない。

 人為らぬものが存在することを受け入れるのは、容易だった。

 彼女がいることを認めることは、すなわちその存在を認めることだ。あれは戦いに継ぐ戦いを送る日々に疲労しきった頭が見せた夢だと単純に思いこみ、彼女との出会いを否定する気にはとてもなれなかった。

 あの数瞬の出会いで、彼女はいとも簡単に、自分の心を奪っていったのだから。

 彼女は、もしかすると伝え語りに出てくる妖精や精霊などといった存在なのかもしれない。幼かった昔、寝物語に聞いた話の中に出てきた、流血をきらい、命が消えるおそろしさにおびえて神のもとへ還ったとされる天の御使いや、人間の男を愛して地に降り立ったものの受け入れてもらえず、光となって還って行った月神の娘。どちらもこの世のものと思えないほど美しかったそうだが、金の髪に銀の瞳ということから、どちらかといえば彼女は月神の娘のイメージに近い。

 月神の乙女。

 あの夜

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   近くに在りて、されど心は遠く 5

     無事宿営地までたどり着いた。 一日の報告と今夜の見張りや明日の事などを話しあい、ようやく務めを終えたレンジュは配給された夕飯を手に自分の天幕へと戻る。 夜半をとうにすぎているため、入り口で火を焚いた天幕はちらほらしかない。レンジュの天幕も同じで、火はついていなかった。仕切り布をめくり上げたとき、中に人の姿がなくて一瞬ぎくりとしたが、すぐ横で、幕布にもたれかかるように座したまま眠っているのを見つけられて、詰めていた息を解いた。 ユイナのおかげか、服が新しい物に着替えられ、面の汚れもおちてこざつばりとしている。月明かりを受け、ほのかに金色に輝く姿は初めて会ったときを思いださせてくれて嬉しかったが、膝の上に投げ出された骨と皮しかない両手を見て、胸がつまった。 衝動的、手を重ねそうになったが、寸前で思いとどまる。 触れてはいけない。 昨夜、苦痛に歪んだ彼女の面から腕の火傷に気付き、治療をしていたとき、その不自然な形からレンジュはそれを悟った。よくよく見れば、指の形をした小さな火傷の跡が胸元や腕、足にぽつぽつとある。 体温というものを感じさせない、氷のような肌の持ち主である彼女にとって、きっと人の体熱すら凶器となるのだろう。思えば、指を浸したなら数秒で感覚を失うようなあの清水に、彼女は平然と腰まで身を浸していた。 そんなまさかとのとまどいはあったが、異世界生まれの彼女をこの世界の常識にあてはめて考えようとすること自体が間違っている。 触れてはいけない。 彼女は汚れた自分には触れることすら許されない神聖な存在なのだ。 それは、いっそありがたいと思えた。 触れることが許されていたなら、おさえきれたかどうか……。この身も心も焦がそうと燃え上がる恋情の炎にあかせて、彼女の意も問わず獣のように躁躍してしまっていたかもしれない。 でも、どうしても触れて、彼女がここにいることを夢でないとたしかめたかった。 思いとどまった指で、横の髪を=房すくう。寝顔を見て、これくらいなら大丈夫ということを確認してから、瞼に押しつけた。 ――ルキシュ。

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   近くに在りて、されど心は遠く 4

    「にしても、三億八千か! すごいな。よくそんな大金あったもんだ。おまえの腕がたつのは知ってたが、一体どれだけ大将首取りゃそんな額になるんだ?」 思わず身をこわばらせたレンジュの肩を別の仲間がつかんで揺する。「まったくだ。そんなに持ってると知ってたら、この前の飲み代は全部おまえのオゴリにさせときゃ良かったぜ」「昨夜はりきりすぎて疲れてるのはわかるが、一応見張りなんだからそれらしく見えるように格好だけは整えとけよ」 無反応なレンジュの肩や背中をばしばし叩き、ひやかしたいだけひやかして満足したか、彼らは再び仕事に戻っていった。 一人になれたことにほっとする。 彼らにどう返せばいいか、本当にレンジュはわからなかった。 あの乙女をこの腕に抱くことができたなんて、今も信じられないでいるのだ。 もう二度と会えないと思っていた。一目見ることさえできれば、その瞬間命を失ってもいいとまで思いつめた。その乙女を腕に抱き、あまつさえ自らの天幕へ保護した昨日の出来事は現実味が薄くて、反笏するたびに夢の出来事のように思えてしかたない。 幻のように思える、あの美しい容姿そのままの、人の重みというものを感じさせない小さな体からわずかに感じとれたのは、真綿のような柔らかさと氷のような冷たさ、頭の奥がジンと痺れそうな甘い体臭。 これが夢などでなく、現実であることを確認しようと、幾度想起しただろうか。 もちろん、再会は現実にあった事だ。保護したのも現実。その証拠に、いつも腰に下げていた、あの戒めがなくなっている。 それは、何が起きようとも決して手放すまいと決めた金だった。父が亡くなり、『アルトリーク』の姓を捨てたとき。事情を知ったバリは激怒し、「こんなモン、しょーもないことに使って、パッと使いきっちまえ!」と言ったが、なんとなく手放す気になれなくて。墓の中まで持っていけるわけはないけど、でも、生きている限り身につけておこうと、彼は決意していた。 それを手放した。 迷いも、痛みも、なかったわけではない。かけらも未練がなかったといえば、それはやはり嘘だろう。その重みを意識す

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   近くに在りて、されど心は遠く 3

     隊が今夜の宿営地と定めた場所へ移動するまでの間、レンジュは馬に跨り、隊の最後尾で数人の仲間とともに任にあたっていた。 市の周辺では規約に縛られた敵軍よりも、地を熟知した盗賊団の襲撃こそ危険で警戒しなくてはならない。 盗賊たちのほとんどは、敗戦して壊滅した隊の生存者や脱走兵で構成されている。国との関係が切れて物資補給が得られず、何もかも自力で手に入れなくてはならない彼らにとって、最も手っ取り早い方法が他者から奪うことだ。 彼らにとって必要なのは金でなく、食料や服、道具といった物品、そして女だ。市という餌場でたらふく食らい、身重の雌鹿ほど腹のふくれた隊などいいカモというわけだ。 特にこのアーシェンカ近辺では、数年前から神出鬼没の盗賊団が噂になっている。 イルク――月神の娘に愛された、伝説上の男の名――を通り名とする謎の男が頭領で、その素性はいまだ謎に包まれている。 流浪人のようにふらりと単独で現れたと思うやわずか数日のうちに近辺の盗賊たちを力でねじ伏せ、配下とし、組織化したらしい。 これが他に類を見ない残虐非道な盗賊団で、男は個々の区別ができなくなるまで切り刻み、女は犯して殺すか奴隷として売りつけるのだそうだ。 彼らが襲撃した後にはうめき声すら聞こえない。話によれば、その構成員は百をくだらないという。 生存者がいないのになぜ人数がわかるのか? 信ぴょう性に欠けるが、うわさ話とはそういうものだ。あるいは、被害状況から概算したのかもしれない。 そのような危険地帯は一刻も早く抜けるに限るのだが、隊となるとそうもいかない。隊の構成は馬車と驢馬、戦馬である。驢馬や馬車に乗れる人数は限られていて、当然乗りきれず徒歩の者も大勢いる。下女-端女の産んだ娘-や、入隊して二年に満たず、持ち馬を買えない少年兵たちだ。 途中三度の休憩で交替しながら進む隊の移動速度は、はっきり言ってかなり遅い。次の宿営地までは馬を駆れば一日で二往復はできる距離でも荷車を引く騾馬と徒歩の者はそれが限界だ。 だからこそ、作戦を遂行した後でも十分追いつけたりするのだが。 とはいえ、だ。 行程は既に下見してある。道の左

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   近くに在りて、されど心は遠く 2

     ユイナは床に残された、手つかずの碗を見た。 食べる? と持ち上げられたそれに、マテアは首を横に振る。『おなか空いてないの? 今食べないと、夜まで温かい物は食べられないわよ。市の周辺は盗賊も出て危険だから道中の休憩は最低限しか取られないし、お昼は馬車の中で食べるしかないの。 それとも、やっぱり熱いのは苦手なのかしら……』 誰に言うともなくつぶやいたユイナは、仕切り布を持ち上げて、ちょうど近くを通りかかった少女を呼びとめ、碗を手渡した。 向こうへ持っていってと指示したようだ。『できればもう少し休ませてあげたかったんだけど、レンジュが任務で帰ってこれない以上、そういうわけにもいかないわね。 荷物を整理して天幕をたたみましょう。あたしが教えてあげるわ』 ユイナはことさら声を明るく張って、そう提案した。 教える、とユイナは言ったが、実際に荷物をまとめたり天幕をたたんだりしたのは彼女で、マテアがしたのは端を押さえることと杭を抜くこと。それに、大小に分けてまとめられていた荷物の大きい方をハリが連れてきてくれた荷運び用の生き物-荷馬-の背にくくりつけることくらいだった。『小さい方は自分で持つの。もし敵に急襲されて荷を失う羽目になったとしても、最低限残しておかなくちゃいけない貴重品よ』 つまりは保存食に香辛料、携帯ナイフ、簡易ランプといった類いの物だ。 それらが入った荷袋と羊毛の円座を手に、出発を目前に騒然となった人々の問を縫うように歩き、ほろを被った馬車が並んだ場所まで案内される。 すでに同じような荷物を持った女性でいっぱいの馬車を見て、この中へ自分も入らなくちゃいけないのかと硬直したマテアだったが、ユイナはその馬車の前を通り過ぎた。 マテアが入るよう指示された馬車は、まだ誰も乗っていない、小型の馬車だった。 マテアは奥の端に置かれた水樽の影に隠れるように座る。遅れて人がぞろぞろ入ってきても、ユイナが庇うよう前に座ったため、マテアに声をかけたり、触れてこようとする者はいな

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   近くに在りて、されど心は遠く 1

     どんっと音をたてて目の前に置かれた素焼きの碗を、マテアはまじまじと見つめた。 碗の中には緑や赤や黄色をした根菜と、黒っぽい肉数切れが汁に浸っており、ほかほかと湯気が上がっている。薄まっているとはいえ、死臭のするそれが、外を歩いたときに見かけた、火にかけられていた鍋の中身と同一の物であると気付いたマテアが顔をしかめるのを見て、アネサは口をへの字に曲げた。『なんだい、その不服そうな顔は! 貧血起こして倒れたって聞いたから、精のつきそうな物を持ってきてやったんだろうがね! 言っとくけど、この粥にはあんたが今まで食ってきた物より、ずっといい物が入ってるんだよ。 あんたがどんな物を口にしてたかなんて、そりゃ知らないけどね。でも今のあんたを見りゃそれがロクでもない物だっていうのはわかるさ。 自分の姿を鏡で見たことがあるかい? 肌は真っ白だし、手足なんて棒っきれだ。そんなんで大の男の世話がこなせるわけないだろう』 じきに出発だ、さあさっさと食いな! レンジュが戻る前に出発の準備をするよ! マテアの方へさらに碗を突き出して、上から圧をかけてくる。だが人の体熱すら炎のように感じるマテアに、こんな熱い物が口に含めるはずがなかった。 たとえ冷めていたとしても食べることはできなかっただろう。碗の中身は奴隷商人の元にいたとき出された食事と同じで、生き物の苦悶と断末魔に満ちている。いくら空腹でも、マテアに口にできる代物ではない。 漂ってくる瘴気を受け入れられず、喉を詰まらせ、思わず口元をおおって顔をそむける。胃液ぐらいしか出るものはなかったが、これ以上近づけられたら本当に吐いてしまいそうだ。 しかしアネサはそんなマテアの態度を、わがままと受け止めた。 アネサのかんしゃくが落ちようとした、そのときだ。『かあさん! 一体どういうつもり!?』 仕切り布をがばりとめくり上げて、またもやユイナが飛び込んできた。 ただし今度のユイナは肩をいからせ、指先にまで怒気が満ちている。『レテルたちがあたしの方へやってきたわ。あたしの言うことをききなさいって、かあさんに指示されたって言ってね!

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女と地上の兵士 8

    「どこにでも転がってる程度の情愛なら救いはある。失敗したと、膝についた土を払って、また進めばいい。 でも、そうじゃないだろ? おれは、あいつに苦しんでほしくないんだ」 よりにもよって、なんであんな厄介な女を欲しがったりしたんだ。隊にいる女の半分はあいつになにがしかの関心を持っていて、あいつの天幕に入り込むチャンスを欲しがってるっておまえも言ってたじゃないか。そういう女を選べよ。 ぶつぶつ、ぶつぶつ。 やりきれないとつぶやいていた不安が、ついにレンジュへの不満に行き着いたところでユイナはぷっと吹き出した。 ハリの丸まった背中に手をあて、身を寄せる。「馬鹿ね」 ハリの、細くて、柔らかくて、大好きな後ろ髪を指で弄ぶ。「あなた、本当は全然わかってないんでしょう、どれだけレンジュが魅力的な男性か。女たちの目に、どんなふうに映っているか。 今愛されてないのが何だというの? 心は変わるものだわ。 たとえ彼女が人でなかったとしても同じ。形のないものは、いくらでも変わることができるし、変えることもできるのよ。 大丈夫。レンジュなら、きっと彼女を射止めることができるわ」 まるで見てきたことのように言うユイナを、ハリは不思議な思いにかられて見つめた。 ユイナはハリを見上げている。そこにはたしかな愛情があった。愛されていることを確信し、その喜びに包まれる幸せに恭順している。 ハリは果実をついばむ鳥のように唇を触れあわせ、耳元に囁いた。「おまえも? あいつの天幕に、行ってみたいと思った?」 ユイナは少し身を離して考え込むそぶりをする。「そうね、興味はあったわね。 だってあなたたちったら、一人で天幕が持てるようになってからは、二人してあたしを閉め出したでしょう? それまではいつも中へ入れて遊んでくれたのに。 一体どっちがあんなに天幕内をいつもごみだらけにしていたのか、すごく知りたかったわ。 でももう知ったし、改善もできたから、いいわ」 くすくすくす。思い出し笑いをしながらふざけて肩

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status